2006-01-01から1年間の記事一覧

大晦日 

大晦日、TVでK−1(曙が相変わらず、いとも簡単に負けるのを見て)、ついで紅白を少し(トリの北島三郎がよかった)、「行く年来る年」の各地の除夜風景を横目で見ながら、暖かい服装に着替えてでかけました。猪飼野の氏寺・安泉寺さんで除夜の鐘を撞かせ…

近時片々(5)

・12/10 「血と骨を考える集い」当日のビデオ(=張成秋氏が撮影して下さったもの)のDVD化を先日来、奥野氏にお願いしていたが、今日出来上がったという連絡を頂いた。私の梅田からの帰りに、地下鉄「谷九」のホームで落ち合い、そこで受領することにな…

近時片々(4)

・11/21 夕方「猫間川源流探検記」サイトの著者来談。「猫間川をさがせ」のサイトは以前たまたま検索に引っ掛かった関係で知っていたのだが、本家筋?らしいこちらのサイトは失礼ながら全く存じ上げなかった。これから拝読して勉強させて頂くつもり。 ・11/2…

映画「血と骨」を考える集い

本日、標記の”集い”を実施しました。少し雨模様なので心配しましたが、東成区人推協関係(区役所の方を含め)の方々が19名もご参加頂き救われました。小川人推協会長・区役所企画担当の金谷氏・森さんに感謝いたします。一般参加者は11名、主催者側はスタッ…

ミニブタの”かぼちゃ”君

明後日の「映画『血と骨』を考える集い」の準備。大成地域集会所に映写機や展示物を設営するにあたって、Kさんの友人の陳君にも協力して貰うために、近鉄xx駅まで陳君を迎えに行った。 その駅での待ち時間に、ペットのミニブタを飼っているお家が確かこの…

超レアな表示板「東成区猪飼野町」

この写真は、「猪飼野公民館」の表札の代用です。 これが実際の住所地番表示として有効であった年代は、大正14年(1925)4月1日〜昭和7年(1932)3月31日までの正味7年間だけである。(以後、猪飼野東x丁目x番地となった) 当時、東成区役所はもとの鶴橋…

鶴橋界隈探訪

・ 11.9 コリアタウン(の「御幸通東商店街振興組合」さん)から「コリアタウン猪飼野まつり」の招待状を頂きながら、返信が延引していた。 井上理事長さんのお店「丹青」にちょっと顔を出したら、立派なポスターやチラシを頂いて、ぜひ行こうという気持ちに…

近時片々(3)

・ 11.1 『古代播磨と生産技術(播磨風土記考)』(1987.小田猛 著)を少し見る。第四章「皮革技術」に「猪飼野」の項目がある。(後日抄録しよう) ・ 11.2 洪家食工房で高賛侑(ko-chanyu)氏と会う。コリアタウンを紹介する本を作る計画を進めておられる…

猪飼野から「アパッチ部落」へ

宮木謙吉氏著 「猪飼野から「アパッチ部落」へ“梁石日を歩く”―日韓・日朝関係史の底流をたどる―」の抜粋 ④「疎開道路」 ・「猪飼野」から続く疎開道路、正確に言うと"新"疎開道路というところだろうが。中央通りを越えて、新たに平野川までのびている。正式…

トラックバックの送信(続)

何ゆえに、igarageさんへのトラックバックは成功したのに、sinyoungさんへの分はダメなのか?。 昨夜、igarageさんに相談したら、「スパム・トラックバックを受け付けないシステムになっているのではないか?」とのヒントを頂いた。そこでフト考えたのは、サ…

中浜・鴫野・森之宮

中浜三丁目に行く用事があった。中央大通り緑橋交差点から一筋北側の東西道路は「千間川」の川跡で、その南側は東成区中本、北側が城東区中浜である。用事を済ませてからこの辺一帯を少し車で探訪した。 千間川の西の端は、中浜三丁目のところで、南北に流れ…

トラックバックの送信

トラックバックというものの仕組みが、まだどうもよく理解できていないのだが、「居酒屋ガレージ」さんのブログの中のhttp;//blog.zaq.ne.jp/igarage/article/405というfileに、 「こちらからトラックバックするにはどうしたらよいのでしょうか?」という質…

コリアNGOセンターの人たち

正午〜、ドリームウェーバーで作った案内状を少し手直しして姜さんに渡す。 午後1時、玉造稲荷神社で、宮司さん・市史編纂所のM氏と会う。神社所蔵文書の件。 2時、中道3丁目にある「コリアNGOセンター」に立ち寄った。男性は皆、コリアタウンのガイ…

「猪飼野ドットコム」増補・改訂

◑10/20 「映画[血と骨]を考える集い」のお知らせ」のfileを作成。 (http://tanboukai.ikaino.com/titohone/tudoi-annaijyou.htm)◑10/21 anonym(「村井コレクション・稀覯/密教図像の世界)のサブドメインがどういう訳かうまく表示されないため、レンタル…

稀覯/密教図像の世界

/anonym/のフォルダを作って、<稀覯/密教図像の世界>のTOPページhttp://ikaino.com/anonym/index.htm以下を試作、①青龍権現 ②『両頭愛染法』 ③三面六臂辰狐王曼荼羅 の各ページへのリンクを張った。

『両頭六臂愛染王記』

10/14のブログ<「両頭愛染明王」の事などhttp://d.hatena.ne.jp/heisai/20061014>のつづき。高野山金剛峰寺所蔵の『両頭愛染曼荼羅』の解説。 (上図は村井市郎所蔵。部分) 密教図像研究家・村井市郎氏は、上掲儀軌(作法書)の道場観等を根拠として、次…

『大坂二十二社』のHPが一応完成

昨日、畏友のIがいろいろと良いことを教えてくれたので、また少しだけ前進した。 『大坂二十二社』のHPは、まともに作っていたらとても自分のような未熟者には中々できないことでもあるし、神奈備の瀬藤氏はまぁ大きな人なので、甘えてフンドシを拝借する…

「両頭愛染明王」の事など

・10/9(月)〜10/11(水)日南会のツアー。 鵜戸神宮、拝殿は神式・本殿は仏式とのガイドさんの説明に、よく見てみると、なるほど本殿側面に仏寺の形式の窓が付いている。何回も来ているが始めて気がついた。 ・10/12(木)仕事の合間に村井先生宅訪問。 村…

陣堂さん・四天王寺の”公人長者”・映像の吉村さん

午前中、片江の陣堂(陣戸)さん邸へ先日のお礼の印までに、冊子や地図などをお届けに行ったら、逆にまた高価そうなお茶の包みを頂いてしまった。なんとも面目ない次第。 午後、四天王寺の古本祭、0Kさんと時間を合わせて落ち合うことにする。今日は、雨が…

猪飼野ドットコム・ホームページがほぼ完成

9/30以降、猪飼野ドットコム(=ドメイン=ikaino.com)に2つのサブドメインを追加した。 猪飼野探訪会(tanboukai.ikaino.com)と猪飼野公民館(kouminkan.ikaino.com)の2つが新規登録分である。 前者はすんなり行ったのに、後者はどういう訳かうまく表…

片江の陣戸(じんど)さん

片江(現・生野区小路1)の井上さんのお宅にお邪魔するのは何年ぶりだろう。少なくとも現・当主Sさんにお会いするのは、昭和58年(6/26)以来かと思うので、実に22〜3年ぶりのこととなろう。ご母堂ともども、当時のことをよく覚えて下さっていて、大変親しく…

近時片々(2)

9・23(土・祭) 「血と骨の世界」3〜4htm作る。 9・24(日) 大阪護国神社慰霊祭。以前お世話になった高安の阪本さんと偶然、久しぶりにお目にかかる。おん年八十一歳になられたとか。お元気だが最近目が少しご不自由の由。 「猪飼野界隈」のトップページ(…

「猪飼野界隈」からブログへリンク

「猪飼野界隈」のボタンから「sinyoungの日記」へリンクを張った。無事うまく表示された。ささやかながら一歩だけ前進である。 夕方、Sさんと入れ替わりに、親友のIが偶々ふらっとやって来たのを奇貨として、貼り付けた写真などのリンクの張り方、アップロー…

「位高」と書いて「やごと」さん

今日午前中、大阪市史編纂所のM氏に面会に行った。 目下作業を進めて頂いている『大阪市史史料第**輯』の件で、追加してほしい史料の存在を思い出したので、それを見て貰うために出向いた次第である。話を終えてから、私が受け持つことになりそうな仕事の参…

「大坂二十二社」の事

http://info.ikaino.com/osaka22sya/index.htm 江戸時代、大坂の主立った神社を選んで朝廷奉幣の”二十二社”になぞらえ、「大坂(浪花)二十二社」と称して巡拝する風習があった。 その二十二社の選定は一様ではなく、巡拝する神社のリストは何種類かある。 …

①麻原死刑判決・②旧宮家復帰検討

昨日の大阪日日新聞に標記の記事が出た。 ①に関する社説、「”不完全燃焼”オウム裁判」に、 二十七人もの命を奪った一連の事件を裁く「教祖の裁判」が、このような形で終わってしまってよいのだろうか。同じような犯罪が起きないようにするための十分な教訓は…

「猪飼野探訪会」が発足

パソコンの先生に「猪飼野探訪会」のトップページと、「代表のプロフィール」「ようこそ私のホームページ!」を作成して貰った。[はてな]に「sinyoungの日記」ユーザー登録。今日、9月16日は記念すべき「猪飼野探訪会」HP開始日であり、また会の発足の日。

高津七家のこと

2006.3.31.高津正一郎氏より受贈。高津家墓地(圓成寺?)参詣。 自性院境内の墓地で高津木守の曾孫に当る人と偶然出会う。 上記のついでに、中央区・高津宮の宮座のお家のことを書き留めておく。 『高津家の歴史』(昭和50・1975年、高津彦次郎 著)という…

中濱の高津氏と四天王寺諸堂の鍵

中央区の高津宮の旧・宮座の家筋には高津七家と言う七軒のお家があった。 高津(こうづ、またはたかつ)などという名字は珍しくもないのかもしれないが、同じく中央区の森ノ宮・鵲森宮の祭司関係に「高津氏」の名前が出てくるとは意外だった。 一昨日のブロ…

青龍(せいりょう)権現の事

持物を整理していたら、以前M先生から頂いた『京古本や往来』第100号(「珍書稀覯画探求余聞」村井市郎 掲載号)が出てきた。整理が悪いために必要な時に必要なものがスッと出て来ないのが悩みである。そこで、折角これが姿を現した機会にメモをとっておく…