松瀬青々ゆかりの地・海老江探訪(2020.12.18.)
近くの「外野酒店」 店内の女優額。棚のふぐのひれ酒を楽しむ
「松瀬青々建碑のこと(額田天方)」 によれば、
海老江には「私の妻の育った羽間家があり、青々旧宅の家主の楯本さん
も深い理解を示されて・・・」と述べられているが、「天王寺一本松は理
解して頂けなくてあきらめた」とある。青々は海老江のあと、天王寺一本
松に移り、そこで七年間を過ごしている。その場所は、今の阿倍野区「松
崎町」の一部に該当するようで、現町名は、長者ヶ崎と一本松との合成地
名だそうだ。「松崎町」は庚申街道が南北に走り、安倍寺廃寺跡のある良
い所だが、「一本松」という味のある旧地名と、青々旧宅跡はどの辺りに
なるのだろう? 地主の無理解のために碑が建てられなかったのは、二重
の意味で誠に残念である。