発明王・エジソン展を見る

heisai2006-07-24


 4月30日、京都文化博物館で開催中の「発明王エジソン展―知られざる天才の秘密―」を見に行ったときのことを書く。
 この展示会は、エジソンの生誕160年をひかえ、㈱バンダイのコレクション2.900点のなかの逸品200点の公開とのことである。パンフによれば、エジソンは三大発明と言われる、蓄音機(1877)・白熱電球(1879)・映写機(1891)をはじめとして、生涯のうちに1.093件の発明を成し遂げたという。
 私が行ったこの日には、幸運なことに、このコレクションの実際上の収集家であるという「ヘンリー幸田」氏の講演会も行われた。
 幸田氏の話の主な趣旨は、①発明の連鎖(後述)②皆さんも努力さえすればエジソンのようになれる、というようなことだったように記憶する。もちろん、もっともっと色々と内容の豊かな話だったに違いないが、私の脳ミソの容量が小さいためほとんど忘却してしまうのは誠に遺憾である。
 ①の「発明の連鎖」については、買って帰った図録に次のように分かり易く図や文で説明されていた。
①電球ができた!、だが各家庭に電気がない→②各家庭に電気を売ろう!、そのために大量に電気をつくる水力発電所を作ろう!→③ダムを作るため強化セメントを作ろう!→④ダムを作るため山奥で働く作業員のために簡易住宅(プレハブ)を作ろう!、余った強化セメントでハイウェーを作ろう!→⑤電気を流すため送電システムを作ろう!→⑥家庭で簡単につなげるようにしよう!。
 そしてそのあとの説明文に「電球をきっかけに、発電機、強化セメント、ベニヤ板、絶縁体、そして高速道路を連鎖的に生み出しました。・・・付け加えれば、電球から始まるエジソンの発明は、ソケット、コード、スイッチ、ヒューズ、サーモスタット、サーキットブレイカー、ガムテープ、合成ゴム、プレハブ・・・数え切れません。」



 展示場には、種々の主要な発明品に混じって、様々なタイプの電球(の口金)・差し込みプラグやソケットなども展示されていた。しかし「二股ソケット」は見当たらなかった。

 私は講師の先生にお尋ねした(先生はアメリカ在住の弁護士)。
「日本では、松下幸之助氏が”二股ソケット”を発明したことになっているが、私は違うと思っている。エジソンか誰かは知らないが、アメリカあたりで既に使用されていて、それが電球やその他の器具と一緒に日本に入って来たのではないか?」
 これに対する先生の答えは、「二股ソケットは、やはり松下さんが発明したのではないかと思う」というものであった。
 
 この回答は、幸之助ファン・松下ファンの立場からすれば、アメリカ在住のエジソン研究家のお墨付きを貰ったようなものである。上記の如き無数の発明をしたエジソンすら考えなかった二股ソケットを、日本の松下さんが発明したとすれば大したものである、というべきか?。
 
 しかし、もしアメリカ人が二股ソケットを考案しなかったとすれば、その必要性がなかったからだ、と考えるのが最も自然であろう。
 アメリカでは各家庭に「壁コンセント」が速やかに普及したのかも知れない。
 日本の一般家庭では「壁コンセント」の普及にはかなりの歳月を要した。
 日本では「電灯」のことを現在でも”電気”という人がほとんどであることからも分かるように、電気普及の初期の頃の使用目的は「電灯」がすべてであって、「壁コンセント」を必要とするほどの電気器具がほとんど何もなかった。
 そこで、すこし後になってアイロンなどが普及し出した頃に、二股ソケットがたいへん重宝されたわけである。

続きはまた明日に。