官許大相撲番付に猪飼野力士

[郷土]官許大相撲番付(明治26年)に猪飼野力士


 昨日、大阪大国技館のシンポジュームが終わってから、参加者の一人であった美人女性と駅への帰り道が偶然一緒になった。参加の動機を尋ねてみると、自分の曽祖父がもと朝日山部屋の力士だったらしいので・・・・・とのこと。
 因みにこの女性は某大学の教授である。
 朝日山のことは、以前鴫野の八剱神社境内の石造物でその名を見かけた記憶があった。また、草相撲の力士については、猪飼野の墓地に二人の力士の墓碑があり、先年私が編集に携わった猪飼野だんじりの記念誌にその二人の力士のことを取り上げたこともあって、まんざら無縁の事柄とは思えなかった。そこで、以前、知人である草相撲の研究家から頂いていた番付のことを思い出し、開いてみると、何とその女性の言っていた力士の名が載っており、しかもそのしこ名の上に「イカイノ」の注記がある。しかも、同様の注記の力士が11人(鶴ヶ濱・黒岩・大勇・大嶋・藤島・島勇・男石・男島・若勇・鶴ケ崎・辰渡リ)も記載されている。最後の辰渡リがその人の言っている力士名だが、下の名前が不明のため、これが同一人であるかどうかまでは分らない。(この番付では「辰渡リ長二良」)
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 なお、他の資料(『相撲の史跡 5』相撲史跡研究会・昭和62年)の中にも、早渡・鶴渡などのしこ名が散見される。※上段の「フカヘ 大虎寅吉」については、『相撲の史跡 5』P68「深江墓地」の項に、割合詳細な記述がある。

 また、「黒岩」については、猪飼野氏神・御幸森天神宮境内の「力石」にその名が刻まれている。

「さし石 黒岩」とあり、もうひとつの力石には「重吉」と彫られている。
(『猪飼野地車一三〇年記念誌』猪飼野保存会・2015年・P42 より)