生石高原の山小屋行き

heisai2006-08-18


 私はこれまで、正月・5月の連休・お盆 の年3回だけは必ず旅行かドライブに出かけることを習慣とし楽しみとしてきたが、これも段々と面倒くさくなってきた。有名で行き易い所は大概行き尽くし、行き難い所は日程・費用・準備等々いろんな面で大変だ。近くでも有名でない所は気持ちが動きにくいし、遠方だと長距離の車の運転は余り好きな方ではない。そこで近頃は、私が”我が家の別荘”と勝手に決めて、人にも盛んに吹聴している塩田温泉の「塩楽荘」(姫路市夢前町大阪市大阪市民のために作った素晴らしい保養施設)に宿泊し、ここを起点にして車であちこち足を延ばすという作戦を何度か行なったが、これも流石に飽きてきた。今年はどうしようかなぁと考えていたところへ、趣味の先輩のM氏から電話を頂いた。自分が若いときに買って持っている山小屋へ一緒に行かないか、とのお誘いである。これなら私が車の運転もしなくて済みそうなので、お言葉に甘えて同行することに即決した。
 16日、朝9時、我が家まで車でお出迎え。M氏と奥さん、こちらは私・家内・中2の娘、の5人である。山小屋のある和歌山県有田郡の生石高原まで、直行なら2時間半位だから、あちこち寄りながら行こうというご提案なので、寄るところはお任せである。日根神社(立派な赤い鳥居。参道の脇に式内・比賣神社あり。大井関公園「ろじ渓」)→式内・火走神社の前を通過→犬鳴山七宝瀧寺(「七瀑とは即ち、両界の滝(金胎両部の滝とて二瀑あり、これを合して両界の滝という。または一の滝とも世人は呼んでいる)次は塔の滝、弁天の滝、布引の滝、固津喜の滝、行者ヶ滝、千手の滝の七つで、今も尚千古の姿のままに飛沫を上げている。この七瀑に弘法大師七福神を祭祀された」というけれど、一の滝以外はもっと上流にあるのだろうか?)→根来寺。多宝塔の弾丸痕。根来寺の本堂である大伝法堂の本尊は中央に大日如来、左脇に金剛薩埵、右脇に尊勝仏頂尊という巨大な重文の仏像。「尊勝仏頂尊は彫像としては稀有の遺品」だそうだが、仏頂尊などという仏さんを含め、多種多様な仏菩薩を作り出してそれを拝むという密教の考え方はよく分からん。・・・なにしろ暑いので、楽しいどころではなかった。唯一、庭園の中の柏槙の古木の枝ぶりには感心した。太い木の股の上で座禅が組めそうな感じで、栂尾山高山寺明恵上人樹上座禅像の絵のモデルはこの木ではないのか?と思ったほどである。寺の門前近くにある「徳助」とかいう食事処で昼食。ビールでのどを潤し、ゆったりと寛ぐことができた。→生石高原。なだらかな大高原に”笠石”という岩盤が突出していて、その上に上がると360度の雄大な展望。高原に続く生石ヶ峰まで歩くのは省略して、しゃれた感じのレストハウスでアイスコーヒーを飲む。生石ヶ峰を越えた向こう側に、巨大な突き立った磐をご神体とする”生石神社”があるという。その神社へは生石高原を迂回するような感じで自動車道がちゃんと付いている。しかし、行き先を示す標識も何もなく、これでは勝手を知った人しか行けないのではなかろうか?と思った。どの辺の村の人が参拝するのだろうか?。
 このあとM氏の山小屋へ。苔むした石段のある傾斜地の上の方、懸崖造りになっている。建物の半分は2階建て、半分は吹き抜けとなっていて、これはM氏が自分で設計したそうだ。ゆったりと広いジェット付きバスで汗を流したあと、涼しいテラスでバーベキューを楽しむ。静かな空間の中で時折、何種類かの蝉が交互に鳴き比べをして聞かせてくれた。M先輩と心ゆくまで呑んで食べて語った。
 2階の寝室も涼しくて朝まで気持ちよくグッスリとよく眠れた。
※ 写真は、立磐をご神体とする生石神社