大野晋『日本人の神』のメモ

heisai2006-07-16


 わずか200ページ足らずの薄っぺらい文庫本だが、読み応えのある本だ。
・ 古い語源説に出てくるカガミ(鏡)、カシコミ(畏)、かみ(上)、太陽のヒから転じたというミは、すべてmiの音である。 
橋本進吉博士の「上代特殊仮名遣」の研究以来、神(kamï)と上(kami)は違う言葉というのが、いわば常識なのであろう(反対論もあるようだが・・・))
◑・ 神の観念の内容
① 雷 ・伊香保嶺(ね)にカミな鳴りそね(万葉3421)
    ・カミオツ=霹靂 (類聚名義抄)
② 虎・狼など威力ある獣、また妖怪。
③ 山 ・伊夜彦神のふもとに(=弥彦山の麓に。カミがそのまま山を指している)

◑・ 日本の神の特性
① カミは唯一の存在ではなく、多数存在した。
② カミは具体的な姿・形を持たなかった。
③ カミは漂動・彷徨し、時に来臨し、カミガカリした。
④ カミはそれぞれの場所や物・事柄を領有し支配する主体であった。
⑤ カミは超人的な威力を持つ恐ろしい存在である。(前掲の「雷」「猛獣・妖怪」「山」などに共通するカミの特性)→タタル(※)
⑥ カミの人格化↓
 ・ 男女の別(キ―ミ。ヲ―メ。ヂ―ベ。ヒコ―ヒメ)
 ・ 地位の高さ(ヌシ。ムチ)
 ・ 威力・霊力(ミ。ヒ。チ)

 (※)自動詞 タテ (波をタテ。湯気をタテ。音をタテ。腹をタテ)
    ↓    自然の活動を生じさせ沸き立たせること。
    他動詞 タタル
        神の怒りが自然の作用として沸き立つこと。

◑「豊葦原の瑞穂の国」は天地開闢の初めから日本の地にあったものではなかった。
 水田稲作弥生時代(b.c.500〜a.d.300)に北九州から始まった。
 稲作、金属の使用、機織(はたおり)、大きな共同墓地の造営。これらが文明複合体として、輸入され、一斉に花開いた。言語も、文明複合体の一部として同時に輸入されたであろう。(現在、コンピューター用語が部品や技術と同時に一気に入ってきたように。言語は文明に付随する)
◑ インド南部のタミル語と日本語との間には、稲作用語・宗教用語を含め500もの対応語が確認されている。カミをめぐる言葉↓
①マツル ②ハラフ(祓・払) ③コフ(乞う) ④ノム(叩頭) ⑤ホク(祝く、寿) ⑥アガム(崇む) ⑦ウヤ(敬う) ⑧イミ(忌み) ⑨ハカ(墓) ⑩モノ(鬼、モノノケ、大物主) ⑪バカス(化かす) ⑫ツミ(罪) ⑬ワル(悪) ⑭トガ(咎、過) ⑮ミ(接頭語。高い、神の、神聖な、天皇の、朝廷の・・・の意) ⑯ヒ(霊。産霊、速日、禍つ日・大直日などのヒ。日と同音なので、表記・語義とも日本語では区別があいまいだが、タミル語では[fi]) ⑰ヒ(日・昼。おほひるめ・ひこ・ひめなどのヒ。タミル語では[pēe]) ⑱イツ(稜威。いちしるし・いちはやしのイチ。タミル語のit-i(tの下にコンマ)は雷光・雷鳴・轟音)(日本語のヲロチ・ミヅチ・ノツチのチは「蛇」であるが、雷電=蛇を同イメージで捉えるのは世界共通。カグツチイカツチ・ククノチのチと同様、イツ・イチから来ている) ⑲ヲ(雄) メ(女) ⑳ムツ、ムチ(睦、貴)
◑ カミの対応語
 日本語(古形)=kam-u
 タミル語=kōm-ān(nの下にアンダーバー)
 このタミル語のカミの語の内容は、
① 超能力を有する支配者。神。このカミは天国に住んでいる。
② 王・支配者。
kōm-ānの語根kō=山・天・雷光・帝王・偉人・父・支配の意味を含む。
※ 「日本にはタミル語と関係を持つ以前に①〜⑥(=日本の神の特性)の意味を持つ観念があって、それがkōm-ānによって表現されたのか。それともkōm-ānというという言葉が日本に入って来たことによって、その概念に従って、日本語kamu、またはkamïが概念として確立されたのか。→新たな問題として考察の対象となるはずである」と、最後の方で著者は述べている。

【文明の輸入】
① 縄文時代 金属器・水田耕作なし。10.000年続く。
② 弥生時代 北九州に金属器・水田耕作・機織・大規模墓地造営が輸入された。
 カミの観念と(宗教的な)行動の体系も、言語の文法組織も並行して輸入された。
 そのころ、タミル語にはまだ文字が十分発達していなかったから、文字は入ってこなかった。
③ 古墳時代 文字体系(漢字)が朝鮮半島から輸入され漢字使用が始まった。
④ 飛鳥時代以後 仏教が輸入され、また唐律・唐令が輸入されて、それをモデルにして養老律令が成立して、古代国家の体制が整った。
⑤ 明治時代 ヨーロッパの産業革命以後の工業技術を輸入。また、民法をフランスから、刑法をドイツから輸入。
 日本は文明の輸入国。

◑ 文明(civilization)=civil化。市民化。都市化。都市化は農業技術、金属加工技術の発達から起こる。技術とともに、宗教・法律も文明。
◑ 文化(culture)=語源は「耕す」。風土に密着したもので、移転不能・輸出不能
◑ カミは移転も模倣も可能だが、受け入れ方は風土による。
 モンスーン地域に分類される日本では、沙漠に発した一神教はそぐわない点がある。

 
 結局、この本、ものすごくためになった。けれども、では、縄文時代の人たちのカミ観念(カミに対する呼び名も含めて)がどんなだったのか?。この点がよく分からなかった。もう一回よく読んでみよう。今日はこれで・・・・・。