弁天さんに関するメモ

 先年、私は高野山へ行ったついでに、山内にある吉田書院を訪ねて、弁天さんの経本を購入した。(発売は同書院だが版元は不明。仮にY本と記す)
 『仏説辨財天経』という。
 このお経の名は、総称であって、実はいくつもの小経典に分かれている。

① 仏説最勝護国宇賀耶頓得如意宝珠陀羅尼経
② 仏説即身貧転福徳円満宇賀神将菩薩白蛇示現三日成就経
③ 仏説宇賀神王福徳円満陀羅尼経


④ 仏説大宇賀神功徳辨財天経(※Y本「才」→O本により「財」と改む)
⑤ 大辨財天女秘密陀羅尼経 (※Y本「才」→O本により「財」と改む)


⑥ 祭文
⑦ 根本式
⑧ 宇賀神将十五王子事

(※このブログでは原則的には新字体を使用しているが、このメモに関しては弁(辨・辯)についてのみ正字体を使用)

 最初の①〜③は、かの潮音道海の選述になる『辨財天三部經略疏』に名が挙げられているので、三部経というのであろう。
龍谷大学蔵書検索サイトhttp://opac.lib.ryukoku.ac.jp/cgi-bin/opac/books-query?smode=1&code=21324577
五部経というくくり方もあるらしいから、それは多分①〜⑤に該当するのではなかろうか。
 とにかく、以上八種のものが一冊の折帖に収録されている。
⑨ しかも、その裏側(ここでは仮に「裏」とする)は『金光明最勝王経 大辯才天女品』となっている。(Y本では、題簽は「辨才」、本文は「辯才」となっている。この題簽の文字は誤りである)(前掲、O本は大八木興文堂刊『大辨財天勤行集』=②④⑤⑧などを収録)
※ 以上9種のボリュームの目安(数字は折帖の1頁分を示す)
 ①〜⑧ 21+11+12.4 +3.4+2.2 +3+9+4=66
 ⑨   63

 さて、ネット上で弁天の語を検索してみると、その漢字の使われ方は、
・A 弁天・・・・・1.200.000件(旅館名・地名・神名の通称)
・B 辨天・・・・・・・31.800件(同上)
・C 辯天・・・・・・・15.100件(辯天宗関係・酒の銘柄などがほとんど)

神名としては、
・1 弁才天・・・・・ 56.300件
・2 弁財天・・・・・ 35.300件
・3 辯才天・・・・・・1.940件
・4 辨財天・・・・・・・842件
・5 辯財天・・・・・・・243件
・6 辨才天・・・・・・・200件
となっている。
1と2は、辨・辯を区別しない新字体の表記法。
3と4は、本来の正しい表記法。
5と6は、意味を考えないデタラメな表記法である。
 デタラメという理由の説明はこのサイトに譲る。↓
無用のあおいひかり>無用の便覧>常用漢字掩蔽された漢字http://www.geocities.jp/wuyongdeye/tables/hidden-kanji.html
<弁天さまは、「才」のときは「辯」をつかい「辯才天」、「財」のときは「辨」で「辨財天」になる。「辨財天」という文字づかいは日本独自の近世以降のもので、もとは「辯才天」とかいていた。>(平斎云、近世以降ではなく中世以降である。)


※⓪ [弁]は元来「かんむり」の意。
 ① [弁]は国字として「バルブ」の意に使用(←花弁(瓣)の弁に由来している。)
 ② [辯]は「説く、語る、明らかにする、論ずる」意。
 ③ [辨]は「わける、わきまえる」
 ④ [瓣]は「はなびら、花弁(瓣)」(他の意味もあるが省略)
この、4つの文字は新字体では全部①に包摂された。
こうして並べてみると、⓪は別として、①〜④は意味の共通した部分があるので、「弁」の一字に包摂したこと自体は決して不当なものではないと思う。従って、辯・辨・瓣を弁と表記することは差し支えないが、正字体を使う場合は、混用しないで、きちっと弁別(○辨別、×辯別)しないといけないのではないか、ということである。

 ちょっとややこしいが、この表記法の区別は、弁天さんの像容の区別(厳密にいえば尊格の異同)に関係する。以下は、密教図像研究家・M先生からの受け売りである。

① 妙音天 二臂像(琵琶を弾ず)・・・『大日経』所説→『胎蔵曼荼羅・外金剛部院』に描く像容。(『大日経疏』に妙音楽天・美音天・辯才天・大辯才功徳天などの異称を挙げている)
② 辯才天 八臂像(持物=弓・箭・刀・矟・斧・長杵・鉄輪・羂索)・・・『金光明最勝王経 大辯才天女品』の所説に基づく像容。
③ 辨財天 八臂像にして、頭上に老人面の白蛇=宇賀神を頂く。(持物=左―鉾・輪宝・弓・宝珠。右―剣・棒・鑰・箭)・・・『仏説最勝護国宇賀耶頓得如意宝珠陀羅尼経』の所説に基づく像容。
 なお、この経典には明記はしていないが、宇賀神の前面に鳥居を建てている像容が一般的である。(和製の経典であるにもかかわらず”不空訳”と銘打っている手前、経文には鳥居を頂いているとは書けない道理であるが・・・)


◑『仏説最勝護国宇賀耶頓得如意宝珠陀羅尼経』の抜粋(面白い部分)
 「宇賀神王。従座中。顕現其形。如天女頂上。有宝冠。 冠中有白蛇。其蛇面如老人。眉白此則。毎諸仏出世。奉逢利益衆生。年久瑞相。 復此神王。身如白蛇。如白玉。有八臂。・・・頂有如意宝珠円光。復有十五王子。其形童子・・・」 
 「此神王。在西方浄刹。号無量寿仏。 在娑婆世界。称如意輪観音。 正生身躰。居日輪中。照四州闇。現窳枳尼天形。福寿施衆生。 現大聖天身。令払二世障難。 以愛染明王形。一切衆生。授愛福。終令至無上菩提。・・・」

● 上記によれば、無量寿仏も如意輪観音も窳枳尼天(荼吉尼)も大聖天も愛染明王も、すべて辨財天と同体ということになっている。
● この辨財天(日本式の宇賀弁天さん=八臂)の真言は、「おん うがや じゃやぎゃらべい そわか」(宇賀神王の勝れたる胎蔵[子宮]に帰依し奉る)(ただし、下記の真言↓の流用も平気で行なわれている)
● 辯才天(印度伝来の弁天さん=二臂・八臂)の真言は「おん そらそばていえい そわか」。
 ちなみに、吉野の脳天大神の真言辯才天のそれと同一である。この脳天大神は蔵王権現の化身とされるが、そうすると蔵王権現辯才天ということになる。マカ-フシギ。

◑ 宇賀神のウガの語源は、日本神話の「宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)=稲荷神社の主神」の”うか”(食物の意とされる)であって、つまり宇賀神=稲荷神だ、という考え方が主流のようだ。あるいは、ウガは梵語のウハで、これは蛇を指す語である、との説明もある。
◑ インドの性典の一つ『ラティマンジャリー』の翻訳者で、『白浜美術館ラマ教インド教像展の概説』などの著者でもある【阿能仁】氏によれば、この梵語説は根拠が定かではない、とのことであった。

◑ なお、これは言語学に素人の考えで、恥を承知で駄弁を書くが、もし「カ」と「ハ」が通音であるとするならば(そのような例は多いように思う)、うわばみ(蟒蛇。旧かなではウハバミ。ハミはへび・へみと同源)は「うかがみ(宇賀神)」に通じるような気もする。(すると、ハミ=カミ、蛇=神ということになり、それでは「うわばみ」の「ウハ」とは何か?という話に戻ってしまいそうだが・・・・・)(ウハ=大の意という説をどこかで読んだことを今思い出した)(ハミの語源も、咬むものというのと、這うものというのと、二つの考え方があるようだ)(亀―神、狼―大咬み―大神は同根なのか別なのか。誰か教えてくれ)

● 宇賀神(うがじん)フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%87%E8%B3%80%E7%A5%9E
 ちなみに、「宇賀神」の検索結果は74.400件。